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競争の本質は創造にあり [Business]

顧客満足度を「競う」誤り

 前回までのコラムでは、世の中の方向性がデジタルに振れ過ぎているので、少しアナログに針を戻そうと、警鐘を鳴らす意味も込めてお話ししてきました。今回からは、デジタル対アナログという切り口で3つの視点-競争、成果、集団-から、日本的経営を模索してみたいと思います。
 
 まず最初は、「競争」という切り口です。最近、「格差社会」とか「所得格差」とかいう言葉をよく耳にしますが、社会における格差の広がりが問題視されるようになってきました。この格差を広げている原因の1つが、私にはいき過ぎたデジタル化にあると思えてならないのです。
 
 デジタル化とは、物事を数値化したり可視化することで、外から見て分かり易くしていくことです。どんな競争でも数字の大小など目に見えるものでデジタルに較べれば、その勝敗の判断が簡単にできます。その繰り返しが競争をあおり、格差を広げているのではないでしょうか。
 
 一般的な競争原理では、優劣の格差が広がると、下にいる人たちは上に行こうと懸命に頑張るといいます。しかし、私は必ずしもそうは思いません。逆に格差が広がりすぎると、人は競争をしなくなってしまうのではないでしょうか。
 
 極端な例かもしれませんが、それはこんなイメージです。相撲の地方興行の折などに、巡業先のイベントで力士が小学生と相撲を取ったりすることがあります。愛嬌があって面白いのですが、子供は力士に本気で勝とうとは思いません。体格も力も格差がありすぎるからです。しかし、小学生同士の相撲であれば、互いに本気になってぶつかり合うでしょう。

アナログの価値基準こそ日本的競争の源泉

 つまり、競争は格差が小さい時には起きますが、あまりに格差が開きすぎると、競争しようという意欲がなくなってしまうのです。その結果、ますます格差は開いていきます。こうした循環が起きるのも、もとをたどれば社会のデジタル化という現象に起因するのではないかと思います。
 
 企業や社会における競争の原動力が何であるかを考えると、デジタルな価値基準としての「お金」という存在が大きいと思います。一方、お金の対極に何があるかといえば、それは人の「心」です。「こんなことをやってみたい」「こんなものをつくってみたい」という夢や熱い思い、あるいは「世のため人のために尽くしたい」という情熱など、心の中からわき出る内発的なものに動かされて行動する結果として、競争が起きます。この内発的でアナログな部分が、お金という外発的でデジタルな価値基準に押しつぶされてしまったら大変です。そんな危機感を私は持っています。
 
 「村上ファンド」前代表の村上世彰氏が証券取引法違反で逮捕・起訴されましたが、彼も当初は「ルールには違反していない」との主張を繰り返していました。

つまり、ルールに触れなければ何をしてもいい、という考え方です。米国の人たちはよく、フェア(公正)かアンフェア(不公正)である(ルールにかなっている、いない)かを問いますが、村上氏の考えはまさにそれと同じで、米国的なデジタルの発想に偏ってしまったように思います。
 
 しかし本来は、内発的な心の部分を大切にして、これを競争の力に変えてきたのが、日本の強さだったはずです。日本人は競争をしながらも相手を思いやり、全体の和を尊びます。相手を封じ込めるようなことはしません。競い合いながら、実は本質は互いに磨き合っている、自分との戦いだという考え方です。
 
 スポーツに例えると、同じスケート競技でもスピードを競うスケートと、技や美を競うフィギュアスケートとがあります。スピードスケートでは、100分の1秒というデジタルな尺度で勝敗を決めますが、相手より速ければ勝ち、遅ければ負けで、競争は相対的です。一方、フィギュアスケートは、相手との戦いではなく、自分がいかに精一杯の力を出せるか、いかに見ている人に大きな感動を与えることができるかどうかです。つまり自分との戦いで、他と較べることのない絶対的な競争と言ってもいいと思います。

企業は本当にお客を見ているのか

 これと同じようなことが、企業の競争にも言えます。例えば、「顧客満足」という言葉です。企業は、顧客満足と言いながら、お客(消費者)の方を見ずに競争相手のライバルの方だけを見てはいないでしょうか。もし、そうなら、これはライバル同士の相対的な競争です。言っていることとやっていることが違っています。
 
 本当に顧客満足を目指すのであれば、お客を真正面から見据えて、いかに良い製品やサービスを提供し、満足してもらえるか、それを真剣に考えて仕事に取り組まなければいけません。これは新しい価値をつくり出すという創造活動であって、ライバルたちと競い合うだけの「競争」とは違うものです。
 
 ですから、他社がどうであろうと「お客をしっかりと見据えて」ベストを尽くして仕事をするのが、企業活動だと私は思っています。これは、よく言われる他社(製品)との差別化という発想ではありません──。以上のような視点で競争を見ていくことも、大切ではないでしょうか。

常盤文克

  
筆者プロフィール

常盤 文克(ときわ・ふみかつ)

前・花王会長
1957年東京理科大学を卒業し、花王入社。スタンフォード大学留学、大阪大学で理学博士号取得、研究所長などを経て、76年取締役。90~97年まで社長、2000年まで会長。現在は企業の社外取締役、経営アドバイザー、また東京理科大学大学院客員教授など多方面で幅広く活躍。著書に『「量」の経営から、「質」の経営へ』『モノづくりのこころ』などがある。2006年3月に『コトづくりのちから』を日経BP社から刊行。

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2006年7月10日 月曜日 NBonline

 


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