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「冷静な頭脳、温かいハート」  [人物・伝記]

ヤマト運輸元会長・小倉昌男氏の経営者像

  約束の取材時間に事務所に行くと、先客だった芸者のお姐さんや、宝塚の女優や女性キャスターの方々とすれ違う。ヤマト運輸の元会長、小倉昌男氏は私が知る限り、一番「モテる」経営者だ。

  もっとも芸者のお姐さんは踊りの会の後援依頼だったり、女性キャスターの方も、対談の打ち合わせだったりしたようだが、どなたも、小倉氏の茶目っ気がありながら筋は通す、江戸っ子気質というか、人柄に魅力を感じておられるのではないかと思う。

  その小倉氏が、健康上の理由などから、ヤマト福祉財団の理事長職を退任することになった模様だ。今後は海外で静養するとのことだが、あの歯切れのいい発言が聞けなくなると思うと、非常に残念だ。

  小倉氏といえば、父親の後を継いでヤマト運輸の社長に就任し、郵便小包に対抗して宅急便を世に送り出した経営者として、高く評価される。

  企業の荷物が中心だったトラック物流の世界の中で、いち早く個人市場に着目し、個人客から個人客に荷物を届ける新サービスを作り上げた先見性、そして現場のドライバーたちに情報開示し、権限を委譲しやる気を高めるなど、有能ぶりを語るエピソードには事欠かない。

  また監督官庁であれどこであれ、行政に対して言うべきことは言う、毅然とした姿勢は、多くの人に支持され、影響を与えた。小倉氏は「江戸っ子だからね、お侍が嫌い。二本差しが怖くて、おでんが食えるかってね」と、冗談めかしながらも、根拠のない権限をかさに着る官僚には、正面から対決した。

▼障害者の自立を支援。保有株もすべて寄付

  そんな現役時代と同様に、あるいはそれ以上に、引退後、障害者の自立支援に力を注いだ生き方が、小倉氏の、経営者としての評価を高めたと思う。とりわけ、保有していたヤマト運輸の株、300万株をすべてヤマト福祉財団に寄付してしまったことには、驚いた人も多かっただろう。

  当初200万株を寄付した時は、残りの100万株は手元に残そうとも考えたというが、数年後にはそれも寄付。「これですっきりしました」という発言は、改めて小倉氏のスケールの大きさを感じさせるものだった。

  人間であれば誰しも、お金には執着を持っていると思う。ましてやそれが企業経営者となれば、手にする財産が成功の証、という思いも強いのではないだろうか。

  企業を大きくして株を公開する、そのことを1つのゴールに定めて働くベンチャー経営者は少なくないだろう。しかし小倉氏の場合は、働くことの証しは、金持ちになることでも、まして勲章をもらうことでもなかった。消費者に喜ばれ、従業員を幸せにする、経営者としての責任を全うすることにあった。

  また、福祉事業に取り組む際も、単に資金を提供するだけでなく、障害者が働く場所に対して、自らの経営の経験と知識を伝えることで、障害者の給料を増やし、自立を促そうと試みた。このことは「お金を出す経営者はいても、経営を教えてくれる経営者は初めてだ」と福祉関係者を喜ばせた。

  小倉氏は、障害者の支援に関わることになった理由について「障害があるというだけで職に就けないのはかわいそうだ。納得いかない」と話していた。また、小さい頃、帰る家のない親子とすれ違い、その親子のことが頭を離れなかった思い出があるという。

▼弱者への視点

  資本主義、そして市場の論理を貫けば、社会には強者と弱者が生まれ、貧富の差は拡大していく。だが社会が永続的に発展するためには、当然ながら、豊かな強者が弱者を支えていく責任も生まれる。

  裕福な環境に育ったから金銭に執着がないのだろう、という見方もできるかもしれないが、それ以上に、優しさと、筋の通らないことには納得しない、まっすぐな気性が小倉氏を支えてきたと思う。エコノミストに必要なものは「冷静な頭脳と温かいハート」と言われるが、小倉氏はその両方を備えている。

  角度を変えて見ると、弱者への視点は、一般消費者への視点に通じていたのかもしれない。宅急便の開発に当たって、小倉氏は常に「家庭の主婦にとって使いやすいサービス」という基準を貫いた。地理に不案内で、荷物の梱包も苦手。そんな消費者でも、利用できる分かりやすいサービスは、やはり頭脳とハートが生み出したものだと言える。

  経営に、そして社会に、大きな貢献を果たした小倉氏には、ぜひ静かな環境で、ゆっくり体を休めてほしいと思う。

  ただ、気がかりなのは、ヤマト運輸の今後だ。このほど、同社は来年4月からの持株会社体制への移行を前提に、組織変更を実施。小倉昌男氏の長男、康嗣氏が40代の若さでヤマト運輸分割準備会社(持株会社体制への移行後は、ヤマト運輸として存続)のトップに就任した。

  この人事については、期待する見方もある半面、社内外で冷めた声も聞かれる。

  主力の宅急便市場で、日本郵政公社、佐川急便など、ライバルとの競争が激化する中、新体制の下、どこまで戦えるか。偉大な父を持つことで、逆に康嗣氏に対する評価基準が厳しくなる側面があることは否めない。だが、実績を築く以外に、周囲を納得させる道はない。

(村上 富美)

--- 2005.04.08 NIKKEI BP から ---


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