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ソフトバンクが携帯市場に仕掛けた「時限爆弾」 [Business]

 

大手販売代理店を「中抜き」、「販売奨励金制度」にも挑戦

2001年にADSLサービス「ヤフー!BB」を引っさげて通信事業に参入したソフトバンク---。2006年3月にはボーダフォンから日本法人の買収を発表し、念願の携帯電話事業を手に入れた。10月にはボーダフォンをソフトバンクモバイルに社名変更し、併せて日本テレコムの社名もソフトバンクテレコムに変更。両社の社長には、グループの総帥である孫正義氏自身が就任した。

 日本で第3の通信グループ「ソフトバンク」の誕生である。これを裏付けるかのように東京証券取引所のソフトバンクの所属業種が、2006年10月から「卸売業」から「情報・通信業」へと変更された。2006年のソフトバンクの動きは、当連載のベースとなった単行本『2010年、NTT解体』をご覧いただきたい。

 今回は、通信の巨人NTTグループに挑んできたソフトバンクが、通信事業で最後の金のなる木とも言われる携帯電話市場に、水面下で仕掛けている“時限爆弾”について明らかにする。

シェア拡大へ向け「流通改革」に着手

 ボーダフォン買収後からソフトバンクは、携帯電話業界が長年培った常識を覆すための戦略に手を付けた。

 現在の携帯電話市場は、数社の大手販売代理店の影響力が非常に大きい。そして、この大手販売代理による販売体制こそが、市場シェアの固定化させている遠因となっている。

 ある販売代理店幹部は、携帯電話端末の売り方にはルールがあると打ち明ける。「販売代理店で抱え込む在庫リスクを最小限に抑えて経営を安定させるために、携帯電話事業者3社の市場シェアとほぼ同じ割合で携帯電話を販売している」。

 シェアの数値に合わせて扱う端末の台数を決め、店頭での売り場面積なども調整する。この結果業界3位のソフトバンクモバイルは、低いシェアの割合でしか端末を売ってもらえない。これではいつまでたっても、ソフトバンクモバイルがNTTドコモとKDDIを追撃できるわけない。販売体制の切り換えは、携帯電話市場での存在感を高めるためには避けては通れない方策だった。

 そこでまずソフトバンクモバイルが実行したのが、大手販売代理店の「中抜き」だ。販売代理店を介さず、販売数量が見込める有力量販店にソフトバンクモバイルから直接、端末を卸すことで営業攻勢をかけたのだ。

 既に成果も出始めている。大手カメラ系量販店の1社を取り込むことに成功したのだ。大手販売代理店経由で旧ボーダフォンの端末を扱っていたその量販店は、ソフトバンクモバイルとの直接取り引きに切り替えた。

業界慣習の「販売奨励金制度」にも挑戦

 さらにソフトバンクモバイルは日本の携帯電話業界の長年の常識である「販売奨励金制度」にも手を付けていた。販売奨励金とは、携帯電話事業者が販売代理店に支払う販売支援金のこと。日本の携帯電話サービスが発展する中でいつの間にか常識になった慣習で、既にいくつかの弊害が指摘されているが、携帯電話事業者はこの仕組みを捨てられずに現在に至っている。

昨今の携帯電話端末には、最新の技術がぎっしりと詰めこまれており、本来の端末価格は店頭での販売価格よりもずっと高い。それなのに「1円端末」などといわれる安価な携帯電話が出現するのが販売奨励金の恩恵だ。本来ユーザーが支払うべき料金からあらかじめ販売奨励金分が差し引かれているため、ユーザーは安価に端末を購入できるという構図になっている。

 その代わりに携帯電話事業者は、毎月ユーザーから徴収する利用料から、販売奨励金分を補てんしている。ユーザーは知らないうちに、自分の端末代金を後払いしている格好なのだ。

 だが、1端末当たり3万円とも4万円とも言われる販売奨励金は、携帯電話事業者に重くのしかかっている。携帯電話のユーザーが急増しているころは新規需要の喚起に一役買ったが、ユーザー数が飽和状態に近づいている現在ではその効果は薄れている。

 そればかりか、新規契約で端末を安く手に入れながら数カ月で契約を解除するユーザーが現れるなど、弊害も見え始めた。そもそも、携帯電話事業で潤沢な利益を叩き出しているNTTドコモとKDDIと同じ程度の販売奨励金を積むのが厳しいというソフトバンクモバイルの懐事情もある。

 そこでソフトバンクモバイルが打ち出したのが「スーパーボーナス」という、携帯電話端末を「割賦販売」する制度だ。月々の割賦金額とほぼ同額を毎月ソフトバンクモバイルが負担するため、見かけ上は販売奨励金の場合と同様にユーザーが安く端末を入手できる。ただその裏は代理店に販売奨励金を支払うことで端末価格を下げるのではなく、後からユーザーの支払い代金を補填しているのだ。

 ソフトバンクモバイルにとっては端末を売り切って、ユーザーから徴収する利用料で割賦分を補う格好になるので、会計上は販売奨励金の場合よりもプラスに作用する。しかもスーパーボーナスは、26カ月間などの長期契約が前提であり、途中で解約したユーザーからは割賦残金を徴収できる条件が盛り込まれている。短期間で契約を解除するといった使い方を防ぎ、長期契約の縛りをかけられるというメリットがある。

 販売奨励金モデルから脱却すると「SIMロック」というもう一つの携帯電話市場の常識も解決できる。SIMロックとは、端末に設定を施すことにより携帯電話端末に挿す契約者情報が収められた「SIMカード」を、特定の通信事業者ものしか使用できないようにする仕組み。日本国内で販売されている第3世代携帯電話端末のほとんどがこの仕組みを実装している。これらの端末は、国内外を問わずほかの事業者で利用できないようになっている。

 この仕組みは販売奨励金と切っても切れない関係にある。販売奨励金で携帯電話機を安く手に入れたユーザーが、短期間で解約して手に入れた端末をほかの携帯電話事業者と契約できないようにしているからだ。

 つまり通信事業者は販売奨励金を回収できるようにSIMロックでガードをかけているのだ。その一方でSIMロックは、複数台の携帯電話端末を併用できないなどユーザーから非難を浴びる要因となっている。

 孫社長は2006年度中間決算発表後の記者会見の席上、割賦代金を支払い終わった携帯電話端末のSIMロックの解除について「理屈的にはあり得るかもしれない」と表現し、将来の可能性があることをにおわせた。現実には何の方針も明らかにはしていないが、販売奨励金制度にとらわれない割賦制度を取り入れた孫の発言だけに、よもやと思わせるものがあったのも事実である。

 スーパーボーナスによる割賦制度もまだ利用者に定着していない現時点では時期尚早かもしれない。しかし、業界全体の商習慣を変える種をソフトバンクが仕込んでいると見ると、その不気味さが引き立ってくる。

これら新戦略を進めるために、孫社長は2人のスペシャリストをソフトバンクに引き込んでいた。その1人が携帯電話用チップ・メーカーの米クアルコムの日本法人クアルコム・ジャパンで社長・会長を歴任した松本徹三氏である。携帯電話技術に詳しく業界内にも顔が利く松本氏は技術統括・執行役員副社長兼CSO(最高戦略責任者)として、携帯電話業界ではまだ“駆け出し”の孫社長を支えるブレーンの役割を果たしている。

 そしてもう1人が、長年NECのパソコン事業を率いたパソコン販売のスペシャリスト、元NEC取締役の富田克一氏だ。富田氏は営業・マーケティング統括営業担当の執行役副社長として、携帯電話販売の常識を覆す戦略の陣頭指揮を取っている。

番号ポータビリティ前日の発表は“苦肉の策”?

 そして携帯電話の番号ポータビリティー開始前日の2006年10月23日、ソフトバンクは勝負に出た。大きな話題を呼んだ「予想外割」の投入である。

 10月24日付の朝刊には、会見の場で満面の笑みをたたえた孫が「予想外割0円」と書いたプレートをかかげる写真が掲載された。テレビのワイドショーも軒並み、ソフトバンクモバイルの新料金プランを取り上げた。さらに「0円」を全面に出したコマーシャルがテレビに絶え間なく流れ、孫社長の名前が入った前段ぶち抜き広告が新聞紙上を彩った。

 しかし、発表直後から「0円」という表記が条件付きであることや、ソフトバンクモバイルのプランでは必ずしも安くならないシミュレーション結果が次々に報道されるうち、一瞬は高揚したユーザーは、冷静な反応を示すように変わっていった。これまで孫が得意としていたサプライズ戦略に、マスコミも消費者もすっかり慣れきっていたのだ。

 さらに番号ポータビリティが始まった最初の週末にソフトバンクモバイルが引き起こしたシステム障害は、これまで数多くの困難に直面してきたソフトバンクにしても「予想外」だった。ライフラインとしても使われる携帯電話サービスを提供する事業者として、信頼性を大きく損ねる事態となったのである。

 ではソフトバンクモバイルの潜在力が底を打ったのかといえば、決してそうではない。

 ソフトバンクがボーダフォンを買収したのは2006年3月。2006年10月に開始が決まっていた番号ポータビリティーまでは、わずかに7カ月だった。ソフトバンクがゼロから設計した携帯電話端末を投入するなど独自の戦略を展開するには、時間があまりに不足していた。

 奇策とも言える予想外割の発表は、番号ポータビリティーに対する準備不足を、孫社長の派手なパフォーマンスと大胆な料金設定で乗り切ろうとした、苦肉の策とも見える。事実、後の会見で孫社長は、「事前予測では旧ボーダフォンは草刈り場になるのではと予想されていた。(予想外割を投入したことで)危機的状況にならなかった」と振り返っている。

「第3世代携帯電話網の拡充」という重い課題

 とはいえ、ソフトバンクの携帯電話事業に対する厳しい指摘は少なくない。

 ある通信アナリストは「今のソフトバンクはダメな中小企業になりつつある」と痛烈に批判する。孫社長に権力が集中している状況を揶揄(やゆ)したものだ。

 「孫さんは携帯電話事業に関してはまだ素人。それなのにすべての決定権が孫さんにある。そもそもソフトバンクは数万人の企業を抱える大企業なのに、全く権限が委譲されていない」。

 こうした状況は、孫社長が熱意を傾けた事業は一気にサービス展開が進むのに、ひとたび孫社長の関心が薄れるとサービス自体の存在感が急速にしぼむという歴史が物語っている。

 例えば、ソフトバンクが通信事業者としての足がかりを得るきっかけとなったADSLは東西NTTのFTTHの勢いに押され、ついに加入者数が減少に転じてしまった。かつて「これが日本テレコム(当時)を買収した理由です」とまで孫社長が言い切った新型固定電話サービスの「おとくライン」についても、威勢のいい話はあまり聞こえてこなくなった

 ソフトバンクが国内第3位の通信事業者になるまでに繰り返してきた企業買収の過程で、社内には孫社長のスピード感とワンマンぶりに付いてこられない社員も少なからず存在しているという。昨年も「旧ボーダフォンの社員が面食らっている」という声が漏れ聞こえていた。

 ソフトバンクモバイルにはこれから、「第3世代携帯電話網の拡充」という課題が重くのし掛かる。ボーダフォン時代に設備投資が後れたソフトバンクモバイルの第3世代携帯電話網はNTTドコモやKDDIに比べてぜい弱であるという指摘は以前からあった。このため2006年度末までに合計4万6千カ所の基地局を設置する計画を公開しているが、携帯電話網に精通した技術者からは「絶対に無理」という声が聞こえてくる。

 ソフトバンクモバイルのユーザー同士は、一部制約はあるものの通話料0円というサービスをぶち上げたことも、インフラ整備の大きな負担となってのしかかる。通話料がかからないユーザーがどういう通話実態を取るか予測が付かないからだ。

 これだけ不安材料は山積みだが、何を打って出てくるのか全く予測が付かないのがソフトバンクである。

 2007年もその姿勢は健在だった。まだ世の中のおとそ気分が抜けない1月5日に、月額基本料金が980円でソフトバンクモバイルの加入者同士の通話は一部の時間を除いて無料となる新料金メニュー「ホワイトプラン」を発表した。発表会の会場で孫は、「大半の顧客に喜んでもらえる料金に設定した。当分は当社の主力商品になるだろう」と語ったという。

 着実な収益を生み出したブロードバンド事業の低迷と、暗中模索の携帯電話事業の折り合いを付け、いかにしてNTTに挑んでいくのか。総合通信事業者としての真価が問われるのはこれからだ。

(山根 小雪=日経エコロジー編集)

本連載に掲載した記事は、日経コミュニケーションが12月18日に全国書店で発行する単行本「2010年 NTT解体~知られざる通信戦争の真実」を抜粋し再編集したものです。本記事で通信業界に興味をもたれた方はぜひこの単行本もお読みください。単行本の詳細はこちらをご覧ください。

宗像 誠之, 山根 小雪
2007年1月23日 火曜日 NBonline


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