SSブログ

吉田政治の『遺産』~終焉から50年---1 [人物・伝記]

1 分かれる評価

 ツケ残した改憲の回避

 東京の目黒駅近く、国立自然教育園の森に囲まれて東京都庭園美術館がある。古くは朝香宮邸、戦後は外務大臣公邸となり昭和35年の日米安保条約改定のとき、批准書の交換場所にもなった由緒ある建物だ。

 首相就任直後外相を兼ねていた吉田茂はこのアール・デコ式の洋風建築と庭を好み、しだいにここで政務を執るようになった。貴族趣味といわれた吉田らしいところだ。政治家や官僚たちを呼びつけることも増え「目黒の公邸」は、ワンマン政治の代名詞のようになった。

 昭和29年12月7日、この「目黒の公邸」は、朝から閣僚をはじめ与党自由党の若手議員たちが詰めかけ、異様な雰囲気に包まれていた。

 この年に起きた造船疑獄と、これに対する犬養健法相の指揮権発動などで、民心はすでに吉田政権から離れていた。

 民主、左派社会、右派社会の野党三党は前日の6日、内閣不信任案を提出、もともと吉田内閣は少数与党であり成立は不可避の情勢だった。自由党の大勢も「退陣しかない」となっていた。

 それでも政権に固執する吉田は衆院解散により、中央突破をはかろうとした。与党幹部や閣僚を集めたのはそのためだった。

 だが、最も頼りとする自由党ナンバー2で副総理の緒方竹虎は、説得をはかる吉田を、こう突き放した。「どうしても解散するというのなら、議員を辞めて福岡の田舎に引っ込む」。

 それを聞いた吉田はプイと2階の居室に上がった。都合7年2ヶ月に及んだ長期政権が終焉をつげた瞬間だった。

 それから50年たった今年4月16日、「目黒の公邸」からさはど遠くない目黒区駒場の東大先端科学技術研究センターで、その吉田政治が俎上に載せられた。元タイ大使の岡崎久彦氏が主宰するNPO法人岡崎研究所などが開いた「日本政治外交史シンポジウム」である。

 特にその第3部「占領・独立そして現在」で、吉田の外交・安全保障政策をめぐり、岡崎氏と五百旗頭真(いおきべまこと)神戸大教授らの間で激論が交わされたのだ。

 詳細は5月4日付の本紙(東京発行)で報じてあるが、焦点となったのは、日本の再軍備と憲法九条の改正問題だった。 

 吉田は、昭和21年5月、首相に就任する。日本国憲法ができた年である。そのときから、九条の戦争放棄について「自衛のための戦争も許されない」との立場を表明、国務省顧問ジョン・ダレスら米側の再三にわたる再軍備要求を拒否しつづけた。

 昭和25年、朝鮮戦争の勃発にともない連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサーの指示で警察予備隊を設置、これが自衛隊となった後も「自衛隊は戦力なき軍隊」などと強弁し、九条の改正にもガンとして応じなかった。五百旗頭氏はこの吉田の対応に理解を示す立場で論じた。

 「当時日本はまだ貧乏で、対ソ、国防に限られた資源を投入するより日米安保という方向を選んだ。それに米ソ二超大国がず抜けていく中で、それ以外の国は軍備にしゃかりきにならないのも賢明だ、と思うようになったのではないか」。

 その上で「独立、愛国」親英米の筋を戦後日本の機軸とし、安全と繁栄の基礎作業を行った」と、その経済優先主義を高く評価した。

 これに対し岡崎氏は「吉田の発言にはこだわりの匂い、あん畜生という匂いがある」という表現で吉田批判を展開した。

 「憲法九条を論じていたときすでに(自衛戦争は認めるという解釈が可能な)芦田修正が入り、占領当局もこれを了承している。

 しかし吉田がそのことを認識していたかどうかもわからない。後は売り言葉に買い言葉的に(再軍備を拒否する)発言を繰り返し、一度言うと強情に変えなかった」

 そして「一番の問題は、再軍備せず、憲法改正せずと言うばかりで、再軍備の可否、憲法改正の可否について一切論じようとしなかった。それが国民の混迷を招いている」と述べた。

 両者の違いは、吉田の再軍備・憲法改正拒否に合理的な理由を見いだせるかどうかにあるようだ。だが、7年余りの政権運営の間に何度もチャンスがありながら、あえてやらなかった。

 そのことが、例えばイラク復興支援に自衛隊を派遣するだけで、憲法解釈をめぐる「神学論争」を繰り返さなければならない、安保論議の不毛さというツケを後世に残したことは事実だ。

 吉田は戦後のさまぎまな改革から独立、日米安保体制など実に幅広い実績をあげている。そのことは認めつつ、終焉から半世紀の機に、再軍備・憲法改正の問題を中心とした検証を試みたい。(皿木喜久)

  

造船疑獄 
海運業界再建のための計画造船をめぐり、海運業界や造船業界から政官界へ贈収賄がなされた事件。政治家を含む71人が逮捕されたが、佐藤栄作自由党幹事長の逮捕請求を犬養法相が拒否し、事件の核心はウヤムヤのまま終わつた。


--- 産経新聞 2004(H16)/12/04(土曜日)---       

nice!(0) 

nice! 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。