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母親に教わった商人の原点 [人物・伝記]

母親に教わった商人の原点「ないない尽くし」の贈り物

 私が商人としての心構えを学んだのは、小さな洋品店を切り盛りしていた母親からでした。はっきりとした話とか文章で伝授されたものではなく、あくまで日常会話の中とか、その背中を見ながら自然に学びとったものです。

 私が小学校くらいの頃でしようか、おやじが道楽ばかりするので、よく夫婦けんかをしていました。母親はけんかして涙を流していても、お客様の前に出ると、一転して笑顔になりました。もしお客様に泣き顔なんか見せると、「あの店は暗い」と言って次から買いに来てくれない。商売とは、そういうものだというのを教わりました。

 そんな母から私は「ないない尽くしのプレゼント」を贈られたと思っています。お客様は来てくれないもの、取引先は商品を卸してくれないもの、銀行は貸してくれないものだと思え、という教えです。

 実際、昭和30年から40年代くらいまでは、スーパーに卸してもらえない商品というのは沢山ありました。宅配が当たり前であった牛乳をはじめ、化粧品もそうだし、もちろんブランド品なんかとんでもなかった。

 担保などないから銀行も貸してくれない。その内やっと貸してもらえるようになって、世の中が不況の時も一生懸命返していたら、銀行の担当者から「伊藤さんのところはちゃんと返済していただいて助かります」と言われた。つまり、借りたカネを返さない会社があるんだ、と言うことを、その時初めて知りました。

 借りたカネは必ず返すもの、取引先への支払いはきちんとするもの、社員への給料は毎月払うものと考えたら、経営とはそんな生やさしいものではないことがわかる。政府みたいに借金の埋め合わせに好きなだけ国債を刷ったら、やっていけるような企業などありません。

 頼りになるのは現金しかないということが、骨身にしみていましたから、バブルの時も一切投資話などには乗らなかった。

最近は、間接金融より直接金融だとかいって、簡単に上場する企業もあるようですが、資本市場から調達したカネもタダでもらったカネじゃない。支払うべき税金や配当などを考えると、それ以上の利益を上げ続けなけなきゃいけないと言うことです。むしろ銀行から借りた方が安くつくこともある。

 イトーヨーカ堂は1972(昭和47)年に上場した時は、私は、幹事証券会社の担当者に「あまり高い株価をつけてくれるな」と頼みました。「上場する企業の社長から株価を下げてくれと言われたのは初めて」とあきれられましたが、使い道のないカネを持っていてもしょうがないでしょう。

 日本も豊かな時代を経て、黙っていてもお客様は来てくれるもの、商品は入れてくれるもの、銀行は貸してくれるもの、と言う感覚に慣れきってしまい、商いの本質が忘れてしまったような気がします。

小売業でも、単品管理だとか、CS(顧客満足)といったもっともらしい言葉は氾濫しているけれど、根本の問題がわからずに技術に走ってしまってダメになっている。

 私は昔、お客様を一瞥しただけで何を欲しがっているかがわかったんです。締めているネクタイの柄でどんなモノを買いそうか予想がついた。モノが売れないとか言ってるけれど、それは本当の意味でお客様のことを見ていないからではないでしょうか。



--- 伊藤 雅俊(イトーヨーカ堂名誉会長)Nikkei Business 2002年1月21日号 有訓無訓 から --- 

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