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ムハンマドとはどんな人 [Middle East]

ムハンマドとはどんな人

デンマークの新聞が掲載して問題になった風刺画のもとになっている「ムハンマド」という人は、かって教科書で「マホメット」と習った人のことだと聞きましたが、そうなのでしょうか。

なぜ、ムハンマドと呼ぶようになったのでしょうか。日本では、政治家が風刺画にされても問題にならないのに、どうして今回は大きな問題になっているのでしょうか。ムハンマドとは、どういう人なのかも合わせて教えてください。

ムハンマド(570~632年)は、ユダヤ、キリスト教とならぶ三大一神教の一つであるイスラム教の開祖で、7世紀に唯一神アッラーから選ばれた「最後の預言者」として布教を行い、「神の啓示」を人々に伝えた人物です。以前は、「マホメット」と表記されました。表記が変わった理由は後段でお知らせします。

今回の騒動の原因となった風刺画は、爆弾をつけたターバンを巻いたムハンマドを描いたもので、デンマークの保守系紙ユランズ・ポステン紙が昨年9月に掲載しました。

ところが、イスラム教徒にとっては、「神の使徒」であるムハンマドの教えに従うことは重要な信仰の柱の一つであり、ムハンマドの言行は信者の規範にもなっています。

そのムハンマドが、爆弾を頭に巻いた「テロリスト」と戯画化されたため、イスラム教の一部の過激派だけでなく、一般の敬虔な信徒達も、自分達の信仰が冒涜されたと強い不快感を抱いたわけです。

イスラム教では、肖像画などは偶像崇拝につながるとの考え方が強く、そもそもムハンマドの肖像画を描くことが許されていません。

同じ一神教でも、イエス・キリストや聖母マリアを絵画に描いたキリスト教社会とは考え方に溝があります。

これに対して、欧州では、「表現の自由」の問題ととらえ、デンマーク紙の風刺漫画を他国のメディアが転載したり、新たな風刺画が登場したりして、イスラム側をさらに刺激しました。

一方、イスラム世界では、過激勢力がこの問題を利用し、抗議行動などを組織して影響力を強めようとする動きもあり、穏健派から懸念の声が出ているという側面もあります。

日本では、ムハンマドは長らく「マホメット」と表記されてきました。それは、日本のイスラム教への認識が当初、欧米の文献に基づいていたためだとみられています。

近代の欧米のイスラム研究は、中東を長く支配したトルコ系のオスマン帝国(1299~1922年)の時代と重なり、トルコ語なまりの固有名詞が当時の欧米の文献に採用されていました。

トルコ語でムハンマドは、なまりが混じって「メフメト」と聞こえます。それを欧米の研究者が
MAHOMETなどと表記し、日本語でもマホメットと定着したようです。明治から大正にかけて多くのムハンマド伝が出版されましたが、その多くに影響を与えた英国の批評家トマス・カーライル(1795~1881年)の「英雄崇拝論」は、やはりMAHOMETと表記しています。

しかし、イスラム教では、ムハンマドにアラビア語で下された啓示は神の言葉そのものと受け止められており、それを集大成した聖典コーランを、他の言語に翻訳することも本来は禁じられています。翻訳は便宜的に「注釈書」として許されているほど、アラビア語重視の宗教です。

日本では、70年代の石油ショックなどを通じて中東への関心が強まると同時に、アラビア語を学んだ研究者が増えたことなどを背景に、「欧米の目を通してではなく、直接中東を理解しよう」との反省が生まれ、その一貫として固有名詞についても原音に近い表記を用いる傾向が強まりました。

欧米でも既にムハンマドに相当するMUHAMMADといった表記となっています。

いつの間にか「ムハンマド」の表記が定着したのには、こうした背景があり、最近では「ムハンマド(マホメット)」と表記する教科書も出ているようです。


2006.3.5 産経新聞

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