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足で書く作家 [コラム]

足で書く作家
 
 新人記者に必ず教育するひと言がある。「記事は頭で書くな。足で書け」。現場取材の大切さを説いた言葉だ。文学の世界でこれを徹底して実践したのが吉村昭さんである

▲吉村さんの記録作家としての原点は長崎にある。初めて長崎を訪れたのは1966年。小説「戦艦武蔵」の調査のためだった。建造にかかわった造船所の技師や武蔵を知る市民に「これ以上何もありません」と言われるまで取材を重ね、県立図書館職員が悲鳴を上げるほど資料をあさった

▲吉村さんの史実に対する誠実な態度に長崎の関係者は感動し、心を込めて協力した。「まず証言者に会って話を聞き、それが真実かどうかを記録で確かめる。しかも2人以上の証言が一致しないと書かない」という流儀が貫かれた「戦艦武蔵」は、戦記小説の新境地を開いた

▲「戦艦武蔵」以降もシーボルトの娘、楠本いねを取り上げた「ふぉん・しいほるとの娘」など長崎を題材にした力作を発表、来崎回数は100回を超えた

▲三菱造船所で建造中の豪華客船火災に心を痛め、「市民の方々の悲痛の声が聞こえる。造船所の人たちの思いはいかばかりか」といたわりに満ちたメッセージを、エッセー執筆を断って本紙声欄に寄せたのも謙虚な吉村さんの人柄を物語るエピソードである

▲長崎にゆかりのある作家は多いが、この人ほど長崎を愛し、市民と心情を共にした作家はいない。享年79歳。まだまだ足で長崎を紹介してほしかった。(宣)
 

「水や空」

2006年8月3日付 長崎新聞


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